「勉強しなさい」が効きにくいのは、命令や報酬が「やらされている」感覚を生み、子ども自身の内側から湧くやる気(内発的動機づけ)を弱めてしまうからだと、動機づけの科学は説明します。これは「アンダーマイニング効果」と呼ばれ、半世紀にわたる実証研究で繰り返し確認されてきた現象です。本コラムでは、教育とAIを研究する立場から、なぜ命令やご褒美が裏目に出るのかを一次研究に基づいて解き明かし、家庭での声かけや松山の受験勉強にどう翻訳できるかをまとめます。なお動機づけは個人差が大きく、ここで紹介する知見は「やる気が下がる方向に働きうる」という傾向であって、すべての子に同じ効果が出るわけではない点を先に申し添えます。

アンダーマイニング効果とは何か

アンダーマイニング効果(undermining effect)とは、もともと好きで自発的に取り組んでいた活動に、お金やご褒美などの外的な報酬を与えると、かえってその活動への内側からのやる気が弱まってしまう現象を指します。内側から湧くやる気を内発的動機づけ(Intrinsic Motivation)、ご褒美や叱責のように外から行動を引き出す力を外発的動機づけ(Extrinsic Motivation)と呼びます。アンダーマイニング効果は、後者を強めすぎると前者が削られてしまう、という両者の意外な関係を言い当てた言葉です。

出発点になったのは、心理学者エドワード・デシによる1971年の実験です。面白いパズル課題に取り組む大学生のうち、金銭報酬を与えた群では、報酬がなくなった後の自由時間に自分からパズルに戻る時間(内発的動機の指標)が減りました。ところが、同じ課題でも言葉でできばえを肯定するフィードバックを与えた群では、逆にその時間が増えたのです(Deci 1971, Journal of Personality and Social Psychology, 18, 105–115)。「報酬を与えれば意欲が上がる」という素朴な期待が、必ずしも成り立たないことを示した古典的な研究です。

核心:報酬や命令が「自分は外から動かされている」と感じさせたとき、内発的なやる気は削られます。逆に、できたことを具体的に認める言葉は、同じ「外からの働きかけ」でもやる気を支えうる——同じ報酬でも、その経験のされ方で結果が分かれるのがこの現象の要点です。

なぜ報酬や命令でやる気が下がるのか

この現象をもっとも体系的に説明するのが、デシとライアンが提唱した自己決定理論(Self-Determination Theory/SDT)です。理論は、人が内側からやる気を持つには、有能感(できるという手応え)・自律性(自分で選んでいるという感覚)・関係性(人とつながっている感覚)という3つの基本的な心理的欲求が満たされることが要だとします(Ryan & Deci 2000, American Psychologist, 55(1), 68–78)。

ここで鍵になるのが自律性です。同理論では、報酬だけでなく、脅し・締切・命令・押しつけられた評価・押しつけられた目標もまた内発的動機を損なうとされます。理由は、これらが「行動の起点は自分だ」という感覚を外側に移してしまう——専門的には統制の所在(locus of causality)が外に移る——からだと説明されます。「勉強しなさい」という命令は、たとえ正しい指示であっても、本人にとっては「自分で決めた」感覚を奪い、勉強を“やらされるもの”に変えてしまいかねないのです。逆に、選択の余地を残し自律を支える働きかけ(自律支援的な関わり)は、内発的動機を高めうるとされます。

ご褒美が裏目に出る場面も、同じ枠組みで説明できます。「上手にできたらご褒美」という約束は、活動そのものの面白さよりも報酬に意識を向けさせ、「ご褒美のために描く(解く)」へと動機の理由づけをすり替えます。これが過正当化(overjustification)と呼ばれる過程です。一点、強調しておきたいのは、これは外からの働きかけが何でも悪いという話ではないということです。同じ自己決定理論でも、できたことを具体的に伝える情報的なフィードバックは有能感を高め、むしろやる気を支えうるとされています。問題は報酬の有無そのものではなく、それが統制的に(コントロールされていると)経験されるかどうかにあります。

研究が示すこと——半世紀の実証データ

128研究のメタ分析で再現された頑健な知見

アンダーマイニング効果は、1971年の単発の発見にとどまりません。デシらは128の実験を統合したメタ分析を行い、「取り組んだら」「終わらせたら」「うまくできたら」といった条件付きで与える有形報酬(物やお金の報酬)が、いずれも自由選択時の内発的動機を有意に下げることを確認しました。効果量はそれぞれおおよそ d=−0.40・−0.36・−0.28程度と報告されています。一方、肯定的な言葉のフィードバックは自由選択行動(d=+0.33程度)も自己申告の興味(d=+0.31程度)も高めました(Deci, Koestner & Ryan 1999, Psychological Bulletin, 125(6), 627–668)。同メタ分析は、有形報酬の悪影響が大学生より子どもで大きい傾向も示していますが、これはあくまで傾向であり、年齢ごとの正確な差まで断定できるものではありません。

幼児でも起こる——過正当化の現場実験

子どもでも同じことが起こることを鮮やかに示したのが、レッパーらによる保育園での実験です。お絵かきが好きな園児を、(1)「上手に描けたらご褒美」と事前に約束する群、(2)約束なしで描いた後に不意打ちでご褒美をもらう群、(3)ご褒美なし群の3つに分けました。後日の自由遊びの時間に絵を描いた割合は、事前に約束した群が約8.6%だったのに対し、不意打ち群は約18.1%、ご褒美なし群は約16.7%でした。あらかじめご褒美を約束された子だけ、自発的にお絵かきを選ぶ割合がおよそ半分に減ったのです(Lepper, Greene & Nisbett 1973, Journal of Personality and Social Psychology, 28(1), 129–137)。「ご褒美のために描く」と理由づけが変わると、純粋な興味が薄れる——過正当化が実際に観察された例です。

関わり方は成績とも結びつく

では、自律を支える関わりは「やる気」だけの話なのでしょうか。グロルニックとライアンは、小学3〜6年の子をもつ母親64名・父親50名を構造化面接で評価し、親の関わり方と子どもの学校での様子の関係を調べました。その結果、親の自律支援(autonomy support)が高い家庭ほど、子どもの自律的な自己調整、教師から見た有能さや適応、そして学校の成績や学力が高い、という正の相関が示されました(Grolnick & Ryan 1989, Journal of Educational Psychology, 81(2), 143–154)。相関研究であり因果を断定するものではありませんが、「勉強しなさい」と統制するより、自律を支える関わりのほうが成績面でも有利でありうる、という実証的な手がかりです。

これらの知見には共通の留保もあります。アンダーマイニングが顕著に出るのは「もともと興味のある活動」であって、退屈な反復作業ではむしろ報酬が後押しになる場合もあること。そして繰り返しになりますが、できたことを具体的に認めるフィードバックは動機を下げないこと。これらは一次研究と整合する条件であり、「報酬や声かけは常に悪い」という単純化は誤りです。

受験勉強と松山の家庭への翻訳

この知見は、松山市内の受験や定期テストの場面にそのまま引きつけて考えられます。たとえば松山東高・松山北高をめざす中学生に「次の実力テストで○番以内なら△△を買う」と約束する。短期的には机に向かうかもしれません。ただ研究の示す注意点は、こうした「結果に応じた物の報酬」が常態化すると、勉強そのものへの興味が報酬への関心にすり替わりやすいということです。高校・大学と学習が長く続く局面では、内側からのやる気が細るのは痛手になりえます。

より無難なのは、自律性と有能感を支える声かけに寄せることです。「やる気を出しなさい」という命令ではなく、「今日はどの教科から始める?」と順番を本人に選ばせて自律性を残す。「点数が上がった」という結果だけでなく、「前は手が止まっていた図形の補助線、今日は自分で引けていたね」と取り組みの工夫を具体的に認めて有能感を支える。愛媛県の公立高校入試のように内申点が長期にわたって積み上がる仕組みでは、一時的に机へ向かわせる外圧よりも、自分で学習を回せる自律的な姿勢を育てるほうが、結果的に効いてくると考えられます。もちろん効果には個人差があり、声かけだけで成績が保証されるわけではありませんが、家庭で今日から試せる現実的な方向です。

ソートアップでの取り組み

学習塾ソートアップでは、この自己決定理論の考え方を個別指導の関わり方に取り入れています。生徒に答えや段取りを一方的に与えて「やらせる」のではなく、その日の学習の進め方を一緒に選び、できた工夫を具体的に言葉にして返す——自律性と有能感を削らないことを、声かけの基本方針にしています。叱って机に向かわせる短期的な圧より、自分で学習を組み立てられる状態を育てるほうが、長い受験勉強では持続的だと考えているからです。

ただし、これは「ご褒美や励ましが一切ダメ」という意味ではありません。研究が示すとおり、できたことを具体的に認めるフィードバックはむしろやる気を支えます。大切なのは一人ひとりの状況に合わせて、統制的にならない関わり方を設計することです。学習塾コースでは、こうした動機づけや学習設計を塾長が生徒・保護者と一緒に考えます。実際の関わり方は無料体験授業でご確認いただけます。

よくある質問

「勉強しなさい」と言うのは逆効果なのですか?

命令や強い指示が「やらされている」と感じられたとき、内発的なやる気を下げる方向に働きうると複数の研究は示しています。自己決定理論では、報酬だけでなく脅し・締切・命令・押しつけられた目標も、行動の起点が自分にあるという感覚を外側に移すため内発的動機を損なうとされます(Ryan & Deci 2000, American Psychologist)。ただし「声かけが常に悪い」わけではなく、子どもの選択を支える伝え方なら逆にやる気を支えうると報告されています。

ご褒美で勉強させるのはやめたほうがよいですか?

もともと興味がある活動に「やったらご褒美」という形で物の報酬を与えると、内発的なやる気を下げうると報告されています。128研究のメタ分析でも、こうした有形報酬は自由選択時の内発的動機を有意に低下させました(Deci, Koestner & Ryan 1999, Psychological Bulletin)。一方で、できたことを具体的に認める言葉のフィードバックはむしろやる気を高めたとされます。報酬が一律に悪いのではなく、統制的に経験される報酬が問題だと考えるのが穏当な解釈です。

幼い子どもでも同じことが起こりますか?

起こりうると報告されています。お絵かきが好きな園児に「上手に描けたらご褒美」と事前に約束すると、その後の自由遊びで絵を描く割合が、ご褒美なし群や不意打ち報酬群のほぼ半分に減ったという現場実験があります(Lepper, Greene & Nisbett 1973, Journal of Personality and Social Psychology)。「ご褒美のために描く」へと動機が外在化する過正当化と呼ばれる現象で、有形報酬の影響は大学生より子どもで大きい傾向も指摘されています。

では家庭ではどう声をかければよいですか?

出発点として、(1)やり方や時間を本人に選ばせて自律性を残す、(2)結果だけでなく取り組みの工夫を具体的に認める、(3)気持ちに共感したうえで理由を添えて伝える、の3点が挙げられます。親の自律支援が高い家庭ほど、子どもの自律的な自己調整や学校の成績が高かったという研究もあり(Grolnick & Ryan 1989, Journal of Educational Psychology)、統制よりも自律を支える関わりが成績面でも有利という実証的根拠があります。ただし効果には個人差があり、点数を保証するものではありません。

高須賀 惇也(たかすか じゅんや)

学習塾ソートアップ 代表・講師。愛媛大学大学院 理工学研究科 博士後期課程在籍(教育工学・数理情報)。2014年2月、松山市内で開業(2025年7月に現在地の松山市東雲町へ移転)。元ソフトウェアエンジニア。現在は松山市東雲町で小1〜高3を個別指導。研究テーマは「生涯を通して関わるAIチューターの数理モデル」。