まだ手順を持たない段階では、自力で悩み続けるより模範解答(worked example)を読んで学ぶ方が効率がよい、と報告されています。ただし、これは「答えを写せばよい」という意味ではなく、習熟が進めば通用しなくなる条件つきの効果です。本コラムでは、いつ・どう解答を見るのが有効かを、認知負荷理論の一次資料をもとに解説します。
例題学習(worked example)とは何か
例題学習(Worked Example)とは、自力で問題を解かせるのではなく、解答に至る手順をすべて示した「模範解答(worked example)」をまず読んで学ばせる指導法・学習法を指します。教科書の「例題→類題」という構成も、この考え方に基づいています。研究の文献では、例題学習と通常の問題解決学習を比較したときに例題学習の方が優れた学習成果を示す現象を「例題効果(Worked Example Effect)」と呼びます。
ここでいう認知負荷(Cognitive Load)とは、課題を処理するときに人の作業記憶(ワーキングメモリ)にかかる負担のことです。作業記憶は一度に保持・処理できる情報量に厳しい制約があるとされ、初めて出会う単元では解き方を探す試行錯誤自体がこの限られた容量を大きく消費します。例題学習は、探索の負荷を減らし、手順と考え方をまとまった知識(スキーマ)として身につけることに作業記憶を使わせる設計だと説明されます。
核心:「解けるかどうか」と「学べるかどうか」は同じではありません。初学者にとって、答えの出ない試行錯誤に費やす時間は、必ずしも学習につながる負荷(望ましい困難さ)ではなく、単に作業記憶を圧迫するだけの負荷になりうる、というのが例題学習が支持される理論的な立場です。
なぜ初学者には「見て学ぶ」方が効くのか
問題を自力で解こうとするとき、初学者は多くの場合「手段目標分析(means-ends analysis)」と呼ばれる探索を行います。今の状態とゴールの差を減らす操作を手当たり次第に試す方法で、慣れていない単元では手順そのものを持っていないために起こります。この探索は目の前の一手を選ぶことに作業記憶を使い切ってしまうため、「なぜその手順が使えるのか」というパターンを学ぶ余力が残りにくいと説明されています。
一方、模範解答を読むときは、探索の代わりに手順そのものに注意を向けられます。試行錯誤に使うはずだった作業記憶を、手順のパターンを学ぶことに振り向けられる、というのが例題学習が有効とされる理由です。ただしこれは「理解しなくていい」という意味ではなく、後述のとおり各ステップを自分の言葉で説明し直す工程を伴わせることが、研究を踏まえた実践案として提案されています。
研究が示すこと——代数の実験と専門性逆転効果
代数の変形問題で「学習時間は短く、その後は速く・正確に解けた」
Sweller & Cooper(1985, Cognition and Instruction, 2(1), 59–89)は、シドニーの2つの中学校のYear 9の生徒22名を対象に代数の式変形問題で実験を行いました。実験3では模範解答を読んで学ぶ群(11名)と、同じ問題を自力で解いて学ぶ群(11名)を比較しています。問題は4種類あり、それぞれ2回ずつ提示されました。模範解答群は各問題型の1回目の提示だけ解答が示され、2回目の提示(反復提示)は両群とも自力で解いています。
1問当たりの平均時間を見ると、1回目の提示では模範解答群32.0秒に対し自力群185.5秒と大差がありましたが、両群とも自力で解く2回目の提示(反復提示)では模範解答群53.2秒・自力群59.5秒とほぼ差がなくなりました。その後の同種のテスト問題(1問当たり平均)では、模範解答群は43.6秒・誤り0.18個で解けたのに対し自力群は78.1秒・誤り1.64個かかり、この差は統計的に有意と報告されています(p.75-76)。1回目の学習に要した時間が大きく違うにもかかわらず、その後のテストでは模範解答群の方が速く・正確に解けていたことになります。
留保:中学生・代数の式変形という限定的な単元での小規模な室内実験です。論文自身も、効果は「学習した問題と構造が同一の問題」に限られたと述べており、大きく形の異なる問題への転移までは確認されていません。あらゆる単元・年齢に一般化できると断定する結果ではありません。
「慣れてきたら」効果が消え、逆転する——専門性逆転効果
もう一つ重要な知見が、Kalyuga, Ayres, Chandler, & Sweller(2003, Educational Psychologist, 38(1), 23–31)がまとめた「専門性逆転効果(Expertise Reversal Effect)」です。初学者に効果的だった指導法(模範解答による誘導など)が、経験を積んだ学習者にはかえって学びを妨げることがある、という現象を指します。
同レビューが紹介する機械系実技訓練生の実験(Kalyuga, Chandler, Tuovinen, & Sweller, 2001)では、経験の浅い訓練生は模範解答条件で成績がよく負担感も低かった一方、経験を積むと両条件の差が消え、さらに経験が進むと自力で解く条件の方が優れる結果になりました。既に知識を持つ学習者は、解答の説明と自分の知識を照合する作業自体が新たな負荷になるためだと解釈されています。
この移行を助ける方法として研究されてきたのが、模範解答を少しずつ空欄にしていく段階的な移行(フェーディング)です。Renkl(2014, Cognitive Science, 38(1), 1–37)は、完全な模範解答→一部空欄→空欄を増やした問題→通常の問題という段階を踏む設計や、各ステップを自分の言葉で説明させる自己説明の促しを組み合わせる研究の流れを整理しています。
なお認知負荷理論そのものも研究が続く分野です。Sweller, van Merriënboer, & Paas(1998, Educational Psychology Review, 10(3), 251–296)のレビュー以降の進展を整理した続編として、同じ著者らによるSweller, van Merriënboer, & Paas(2019, Educational Psychology Review, 31, 261–292)が、約20年間の到達点と今後の検証課題を整理しています。本コラムの知見も今後精緻化されうる現時点の理解として捉えてください。
実践:解答を見ていい条件と見方
ここまでの知見を踏まえると、「解答を見る」こと自体を禁止する必要はなく、見るタイミングと見た後の使い方を変えることが要点になります。以下は、ここまでの研究知見を踏まえて筆者(塾長)が提案する実践上の目安であり、次の4項目の組み合わせそのものを検証した研究ではありません。
- 時間で区切る:方針が一つも立たないまま5〜10分(本記事で提案する実践上の目安の時間です)考えても手が動かないなら、粘らず解答を見る目安になります。方針が立って計算を進めている途中なら、見るのは早すぎることがあります。
- 読んで終わらせない(自己説明):解答の各ステップの「なぜこの操作か」を自分の言葉で説明し直します。説明できない箇所が、まだ理解できていない部分です。
- 隠して再現する:理解したら解答を隠し、同じ問題をもう一度自力で解き直します。読んで「わかった」つもりと、隠して「再現できる」ことには差があります。
- 徐々に穴あき解答へ:単元に慣れてきたら、一部の手順だけ空欄の問題に切り替え、空欄を少しずつ増やし、最終的には解答なしの通常問題だけにします。
保護者の方へ——「解答を見ちゃダメ」と一律に言わないために
「答えを見るのは甘え」という感覚は自然ですが、その単元にまだ慣れていない段階では、模範解答を読んで学ぶこと自体は不自然な行為ではありません。問題になるのは「読んで終わり」にすることと、すでに得意な単元でも解答に頼り続けることです。お子さんを見るときは「解答を見たかどうか」よりも「見た後に自分の言葉で説明し直せているか」「得意な単元では自力で解こうとしているか」に注目すると、実態に近い判断がしやすくなります。
定期テスト・受験への翻訳
定期テストの出題は、教科書の例題と同じ、あるいは近い構造の問題が中心になることが多いという傾向は現場の指導ではよく語られます(筆者の指導経験に基づく一般的な傾向であり、松山市内の各校で系統的に検証した数値ではないため、要確認の点です)。だとすれば、例題を「読んで理解した」段階で終えず、「解答を隠して自力で再現できるか」まで確認する工程が、定期テスト対策では特に重要になります。
受験勉強のように長期間で多くの単元を扱う場面では、専門性逆転効果の観点も参考になります。得意になった単元まで模範解答を読み返すより、その時間を苦手単元の例題学習や得意単元の自力演習に振り向ける方が効率的だと考えられます。ただしこれも一般的な傾向であり、点数の向上を保証するものではなく、教科や個人によって相性の差があります。
ソートアップでの取り組み
学習塾ソートアップでは、例題学習と専門性逆転効果の考え方を個別指導の授業設計に取り入れています。新しい単元に入るときは、まず模範解答を一緒に読み、各ステップを生徒自身の言葉で説明してもらう時間を設けたうえで、解答の一部を隠した「穴あき」の類題に取り組んでもらい、慣れてきた単元では解答を見せずに自力演習を中心にする、という順序で授業を組み立てています。
どの単元がまだ模範解答を必要とする段階で、どの単元がもう自力で解ける段階なのかは、生徒ごとに異なります。学習塾コースでは、この切り分けを塾長が一緒に見ながら学習を組み立てます。無料体験授業で実際の指導スタイルをご確認いただけます。
よくある質問
解答をすぐ見るのは「甘え」ではないですか?
一律に甘えとは言えません。Sweller & Cooper(1985, Cognition and Instruction, 2(1), 59–89)の実験では、まだ手順を持たない段階の生徒にとって、自力で試行錯誤するより模範解答(worked example)を読んで学ぶ方が、後の類題を速く・誤りも少なく解けたと報告されています。ただし、これは「わからない状態で何もせず答えを写す」こととは違います。答えを見た後に、なぜその手順になるのかを自分の言葉で説明し直す工程を伴わせることが、研究を踏まえた実践案として推奨されます。
どのくらい自分で考えてから解答を見ればよいですか?
研究で最適な時間が確立されているわけではなく、「5〜10分考えて方針が一つも立たない」という目安は、本記事で提案する実践上の目安です。手も足も出ない状態で時間だけ延ばしても、試行錯誤の負荷ばかり増え、望ましい学びにつながりにくいと考えられます。方針が立って計算を進めている途中であれば、見るのは早すぎる場合があります。
解答を見た後、何をすれば定着しますか?
解答を読んで「わかった」で終えず、(1)各ステップの理由を自分の言葉で言い直す自己説明、(2)解答を隠して同じ問題を自力で再現する、(3)数値や設定を変えた類題を解く、という3段階を通すことを、研究知見を踏まえた実践案として提案しています。この固定された3段階そのものを直接検証した研究ではありませんが、Renkl(2014, Cognitive Science, 38(1), 1–37)は、模範解答を少しずつ空欄にして自力解答へ近づける段階的な移行(フェーディング)や自己説明を促す工夫が、この移行を助ける方法として研究されてきたことを整理しています。
得意になってきても、解答を見て学ぶ方法を続けてよいですか?
続けない方がよい場合があります。Kalyuga, Ayres, Chandler, & Sweller(2003, Educational Psychologist, 38(1), 23–31)は、初学者に有効だった模範解答による指導が、習熟した学習者には逆に学びを妨げることがあると報告しており、これを「専門性逆転効果(Expertise Reversal Effect)」と呼んでいます。経験を積んだ学習者は、既に持つ知識と解答の説明を照合する作業自体が負担になるためです。習熟が進んだ単元は模範解答を読む時間を減らし、自力で解いて後から確認する形へ切り替えることが望ましいと考えられます。